「裏切る時計」(横溝正史)

ミステリーというよりはミステイク

「裏切る時計」(横溝正史)
(「横溝正史ミステリ
  短篇コレクション①」)柏書房

「裏切る時計」(横溝正史)
(「恐ろしき四月馬鹿」)角川文庫

私は今迄、その女、山内りん子
殺害の動機に就いては、
誰にも本統の事を
打開けはしませんでした。
実は、あまりに馬鹿々々しく、
お話にもならない程
頓馬な間違いに、
つい気恥しくて口に出す事が
できなかったのです。
ところが…。

横溝正史初期の短篇で、
犯罪者の告白体という
やや珍しい作品です。
殺人と伊いう凶悪犯罪が、
間違いから始まり、
間違いで終わるという、
ミステリーというよりは
ミステイクとでもいうべき作品です。
コントのようでもありながら、
悲哀の漂うなかなかに味わいのある
作品に仕上がっています。

【主要登場人物】
「私」(河田市太郎)
…妻・山内りん子殺害で収監中。
山内りん子
…「私」の妻。ヒステリー持ち。
 「私」に殺害される。
葉山
…「私」の家に寄宿する書生。

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本作品の味わいどころ①
「私」の間違いのはじまり

叩けばいくらでもほこりの出てくる、
違法行為に手を染めて
大金を得ていた「私」。
そして女に飽きやすく、
ヒステリー気味の妻に愛想を尽かして
浮気に走った「私」。
それがつまらない間違いを引き起こした
下地となっています。
妻の持っていた新聞の切り抜き、
そこには「私」の関わった
犯罪事件の記事の見出しが
載っていたのです。
「私」は妻が自分の犯罪行為に気づき、
警察に密告するのではと考えたのです。
しかしそれは「間違い」でした。
何をどのように間違ったのか?
それが本作品の
一つめの肝となっています。

本作品の味わいどころ②
「私」の間違いの終わり

時計が不自然に止まることを利用して
犯行時刻の偽装を仕組んだ「私」。
うまくいけば、
外部からの侵入者によって
妻が殺害され、その時刻に
時計が止まったことを主張し、
アリバイ工作を図ろうとしたのです。
ところが結果的に「間違い」で
終わってしまいました。
何がどう間違ったのか?
それが本作品の
二つめの肝となっています。

本作品の味わいどころ③
惨めさの漂う犯罪告白

「いっそ此の事を打開けて、
 思い切り世間の人たちに
 嗤って貰いたいという、
 今迄とは反対の欲望が
 起って参りました」

「私」のこの惨めな心境の変化こそが、
「運命」の皮肉さを浮き上がらせ、
「私」の卑小さを一層際立たせ、
本作品の魅力を最大限に高める
役割を果たしています。

横溝の初期の短篇作品には、
切れ味の鋭いものや味わいの深いものが
数多く存在しています。
本作品もそうした逸品の一つです。
ぜひご賞味ください。

※柏書房
「横溝正史ミステリ短篇コレクション
 ①恐ろしき四月馬鹿」収録作品一覧

恐ろしき四月馬鹿
深紅の秘密
画室の犯罪
丘の三軒家
キャン・シャック酒場
広告人形
裏切る時計
災難
赤屋敷の記録
悲しき郵便屋
飾り窓の中の恋人
犯罪を猟る男
執念
断髪流行
山名耕作の不思議な生活
鈴木と河越の話
ネクタイ綺譚
夫婦書簡文
あ・てる・てえる・ふいるむ
角男
川越雄作の不思議な旅館
双生児
片腕
ある女装冒険者の話
秋の挿話
二人の未亡人
カリオストロ夫人
丹夫人の化粧台

(2018.8.8)

Anastacia CooperによるPixabayからの画像

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